東京地方裁判所 平成8年(ワ)19998号 判決 1999年5月25日
原告
宋敏
被告
木村義夫
主文
一 被告は原告に対し金八二一万九六六六円及びこれに対する平成七年四月三〇日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを六分しその五を原告のその一を被告の負担とする。
四 この判決は第一項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一原告の申立
一 被告は原告に対し金四八八八万二七九六円及びこれに対する平成七年四月三〇日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決及び仮執行宣言の判決を求めた。
第二事案の概要
一 本件は交差点における自動車二台の事故で一方の自動車の同乗車が他方の自動車の運転者に対して自賠法三条、民法七〇九条に基いて損害賠償を請求したものである。
なお、立証は、記録中の証拠関係目録記載のとおりであるからこれを引用する。
二 争いのない事実等
1 本件交通事故の発生
(一) 日時 平成七年四月三〇日午後九時一〇分ころ
(二) 場所 埼玉県川口市飯塚三丁目六番一二号
(三) 当事者
(1) 被告車両 普通乗用自動車(練馬三四さ八七四七)
運転者 被告
(2) 補助参加人車 普通乗用自動車(大宮四一か二三九七)
運転者 補助参加人柏木君祝
同乗者 原告
(四) 事故の態様 補助参加人車が時速約三〇キロメートルで直進していたところ被告車両が時速約五〇キロメートルで一時停止違反で交差点内を直進したため補助参加人車の左側側面に衝突した。
(五) 責任原因 具体的な過失割合についてはともかく、被告に事故について過失があることは明らかで原告の損害の全額について賠償責任がある。
2 原告は右事故により前額部挫創・左眼窩骨折・頸椎捻挫・頭部打撲・嗅覚全脱失の傷害を負った。
3 原告は自賠責調査事務所において「嗅覚障害一二級相当、顔面醜状一四級一一号、以上により併合一二級」の認定がされている。
4 被告から原告に対して既払として原告から損害賠償の対象とされていない治療費の支払いのほかに一三五万円の支払いがなされている。
三 原告の損害
1 休業損害 金一七〇万九六六六円
原告は立正大学哲学科に在籍中の大学生であるが本件事故当時アルバイト収入として月額金二三万円を得ていた。その内訳は豊島区西巣鴨所在のガソリンスタンド(安全石油株式会社)で週二日間(午後八時から午前一〇時まで)稼働し月額金一二万円、日本人二人の生徒に各々週三日ずつ中国語の個人レッスンをしその月謝として金五万円と金六万円の合計一一万円を得ていた。
原告がアルバイトに従事できなかった期間は、本件事故日から平成七年一二月八日にまでの二二三日間であるから休業損害は右金額となる。
2 傷害慰謝料 金一二九万円
原告は本件事故により一一日間の入院及び約八ヶ月間の週に一・二日の割合による通院を余儀なくされた。この傷害慰謝料としては右額が相当である。
3 後遺障害逸失利益 金三三一八万九二四〇円
原告は、平成七年一二月八日症状固定したが嗅覚全脱失の後遺障害が残った。これは後遺障害等級では第九級に該当すべきものであり三五パーンセントの労働能力を喪失したと評価されるべきである。そこで基礎収入を平成八年度の男子大卒賃金センサスの全年齢平均(金五七三万〇八〇〇円)によることとして算出して本件事故当時の三一歳からの後遺障害逸失利益を算定すると右金額となる。
4 後遺障害慰謝料 金九六〇万円
原告の後遺障害を慰謝するには右額が相当である。
5 弁護士報酬 金四四四万三八九〇円
四 争点
原告の損害論。特に後遺障害逸失利益の有無・程度
第三裁判所の判断
一 後遺障害による逸失利益の有無
本件において原告は嗅覚全脱失という後遺障害により逸失利益が生じたと主張する。確かに、証人浅賀英世の証人尋問によれば嗅覚が人間生活に通常考えられているよりも一層重要な役割を果たしていることは認めることができる。しかし、これを肯定したとしても嗅覚の職業生活上の役割は視覚・聴覚とはおのずと異なり、嗅覚の脱失それ自体が逸失利益すなわち労働能力の喪失に一般的に結びつくものであることまで認めることはできない。嗅覚の脱失による労働能力の喪失を認めるためには被害者の職業との関連性が必要とされるものと考える。そして、原告は哲学の教師を志望していてこれに関連する職業に就く可能性が極めて高いと認められるが、証人岩淵慶一の証言によっても哲学の教師としての活動に嗅覚の脱失が具体的な影響を及ぼすものと認定することはできない。したがって、本件においては原告が嗅覚の脱失によって労働能力の喪失したものと認めることはできない。
なお、原告には顔面醜状の後遺障害もあるがこれも労働能力の喪失をきたすものとは認められない。以上によれば、原告の後遺障害逸失利益については算定の基礎についての争いもあるが、この点について判断するまでもなく原告の後遺障害による逸失利益の請求は認められない。
二 休業損害 金一七〇万九六六六円
原告本人尋問の結果、甲第一七号証、第二四号証及び弁論の全趣旨から、原告の請求どおり認めることができる。
三 傷害慰謝料 金一一一万円
原告の入院日数一一日間、通院約八ヶ月(実通院日数四七日間、甲一五号証、第一六号証による。)を考慮すると右金額が相当である。
四 後遺障害慰謝料 金六〇〇万円
原告は後遺障害等級一二級の認定を受けているに過ぎないが、嗅覚を全脱失することにより受ける生活上の種々の不利益・影響、本件において逸失利益が認められないこと等を考慮して、右金額を相当と認める。
五 損害てん補後の損害額 金七四六万九六六六円
右の合計額金八八一万九六六六円から前記争いのない被告からの支払額金一三五万円を差引くと右金額となる。
六 弁護費用加算後の損害額 金八二一万九六六六円
本件の弁護士費用は金七五万円が相当であるのでこれを加算すると右金額となる。
七 結語
よって原告の請求は右金額及びこれに対する事故日である平成七年四月三〇日から支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるのでこれを認容し、その余の請求は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用について民事訴訟法六一条、六四条に仮執行宣言について同法二五九条一項に従い主文のとおり判決する。
(裁判官 馬場純夫)